生きた技術と今日の工芸

ドイツ在住時、日本の漆職人の方と3年間一緒にひとつのプロジェクトに関わっていました。その時の経験から標題のテーマについて触れたいと思います。

作家と問屋の関係

問屋という業態は、中間コストカットによる競争力強化のため、1990年代から徐々に姿を消して行きました。特に2008年のリーマンショック後にはその傾向が顕著に見られます。

http://www.shokosoken.or.jp/chousa/youshi/28nen/28-1.pdf

中小卸小売業の現状 平成28年度(一般財団法人 商工総合研究所

明治以前の漆問屋は「塗師(ぬし)」と呼ばれ、アートディレクターとしての機能を兼ねていました。職人の特性や得意分野を見抜き、仕事を振り、図柄などデザインの指示もする、問屋と作家の共同作業による産業構造でした。

明治時代以降、「作家」という考え方が生まれ、職人たちは徐々に個人単位で仕事をするようにもなります。しかし、お客さんの要望を理解し、十分な技術的・文化的知識と芸術的センスを併せ持った主人と、時には挑戦的とも言えるその指示に対し、技術と工夫とで応えた名工たちとの共同作業は、より厳しく洗練された漆器を創作したように見受けられるのです。美濃屋製の漆器は、「美濃屋」という一軒のお店の下に結ばれたプロ集団の連携プレーによって、その品質と品格を保たれていたと言えるでしょう。

 想像するに、美濃屋は問屋の機能として挙げたマーケティング、アートディレクション、さらにはブランド、品質、生産体制の管理といった役割を担っていたのであろう。日ごろから、腕のある職人を発掘、育成し、常時抱えておくといったこともやっていたに違いない。さらには、その腕利き職人集団を総合的に動かすシステムを備えていたはずである。

ムダと一緒に捨てたもの(6ページ目) - 日経テクノロジーオンライン 

上記の記事によると、作家の売り上げ保障といった金銭的緩衝材としての役目も請け負っていたようです。またユーザーにとっても顧客対応などの窓口として重要な存在だったと想像できます。問屋が次々消えて行った結果、ディレクション機能を作家各自が負う事になりました。そういう時代と環境なのだろうと思います。

枯れた技術の水平思考

アートディレクションの重要性は伝統工芸の事例が教えてくれるところで、なおかつ汎用性のある概念です。Appleの製品を誰が見てもAppleだとわかるのは、きちんとディレクションされているからに他なりません。「direction」は文字通り方向性を定める仕事であると言えます。

枯れた技術の水平思考」は、かつて任天堂ゲーム&ウォッチゲームボーイを開発した故 横井軍平氏のモノづくり哲学として有名な一節です。この言葉の本質は、時代や世相の変化に対し臨機応変に既存技術を選択・再構築することで当代のソリューションとしていく点だと考えられます。氏の慧眼とも言うべきはユーザーを見抜く力と、それを解決するための技術ソリューションを掛け合わせる柔軟さ、引き出しの多さではないでしょうか。

技術はある日突然断絶する

一方、技術の継承は大きな課題です。技術の質を確保するには量、マスが必要です。裾野の広さが頂点の技術を支える仕組みは、スポーツや学問などどんな世界でも共通しているはずです。

少し前に、工芸界の技術が現実的に消えていく危機が報道されました。

www.j-cast.com

時代に合わせた品質追求をしていけば、どこかで過去の技術が必要になります。その時点で技術が枯れてでも残っていれば活用しつつ接木をして新たな芽を育てることもできるでしょうが、風化し消え去っていれば、それだけで引き出しを完全に失うことになります。

今日の工芸とは、技術が生きているものであることを再認識し継承の仕組みを考える事であり、それを各自が適切に組み合わせることです。ひいてはモノづくり全般の重要な指針になるのではと思います。